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2011年7月18日 (月)

綸言汗のごとしは今や死語か

綸言汗のごとし。一度口にした君子の言は、汗が再び体内に戻らないように、取り消しができない喩え。今様に言えば、一国の首相が一旦発した言葉は、取り消すことができないことである。それほどにリーダーの一言は重い菅首相は7月13日、首相記者会見で「原子力政策の見直しは総理の責務」とした上で「将来は原発のない社会を目指す」と脱原発をきっぱりと表明した。政権内でもはや「死に体」の首相は、起死回生に衆議院の脱原発解散に打って出るとささやかれていたから「すわ、解散か」と色めき立ったところが二日後の15日、首相は衆議院本会議の質疑で真意を追及されると「脱原発は私的な思い」と前言を翻した。首相の脱原発発言に全国の脱原発市民グループは大いに沸いていたが、これには唖然とした民主党政権の軽さか、はたまた無責任体質か。鳩山由紀夫前首相も、米軍普天間基地の移設問題で「最低でも県外というのは私の個人的な思い」とマニフェストの公約をいとも簡単に放り出した前科がある。綸言汗のごとしはいまや、日本の政治家にとって死語になったのか。(蕪)

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